駐車場警備員の詩(うた)

警備に関する雑詠です。たまに普通の記事を書きます。

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完全版ガリバー旅行記

土日祝のパート駐車場警備員です。
私は趣味で小説を書いています。これは超短編です。
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・・・本屋でも行くか。
賢介は来週の新年会で幹事から一発芸をやるように指名された。歌は下手、漫談も出来ないし、手品もだめ。一発芸の本を探すつもりだった。
会社帰りにK駅前から徒歩で駅前商店街に向かった。大山賢介は28歳の独身サラリーマン。K駅に近い警備保障会社の経理マンだ。
時々駐車場警備に駆り出されることがある。それもそんなに嫌ではなかった。


今年の書籍年間ベスト10は、やや寂しい顔ぶれとなった。
出版取次大手のトーハンが発表したランキングによると、年間首位はおなじみ「ハリ・ポタ」の最終巻で、前年1位の坂東真理子著「女性の品格」が7位となり目新しさに乏しい。


さりとてここら辺の夜は早い。
19時になると店が閉まりはじめ、20時には寿司屋と飲み屋しか開いていない。
その19時が近くなってきて人通りもまばらになり、代わって、とりどりの猫が現れる。
本屋にも薄汚れた駄猫がいた。平積みになった本の上を猫がのそのそと歩く。賢介は一瞬体を震わせた。それはあるはずのない本が置いてあるからだった。


『完全版ガリバー旅行記』


子どもの頃に読んだ。だがこんなガリバー旅行記は聞いたこともない。
しかもこんな小さな本屋にあろうはずがなかった。ベストセラーにまじって一冊だけ浮いている本を開き、奥付をみて再び彼は体を震わせた。


『昭和三十八年十月 初版第一刷 定価四百円 著者スウィフト』


およそ50年前の初版本であるにもかかわらず、新品同様である。しかも安い。第1編は「リリパット国渡航記とその後」であった。リリパット国とは小人の国のことだ。「その後」が気になり夢中になってページを繰った。


「閉店ですよ」


奥の方で店番のおばあさんの声が響いた。店の半分が暗くなり猫は飛び降りいなくなった。
「これを・・・」
彼はあわててレジに持っていった。
「400円です」
賢介は1000円札を出した。
ブックカバーをつけようとしたおばあさんはけげんな顔をした。
「これはなんですか。千円札のようだけど?」
「え?」
目が薄いのだろうか。賢介は百円硬貨や1万円札を出してみせた。ありったけの小銭を出した。
「よくできているけど本物じゃないよ」とおばあさんは警戒しながら言った。
「50円玉だってこんな小さくもないし100円銀貨も図柄が違うね。10円だけは本物みたいね」
「うーん・・・?」
「明日またおいで」


暗くなった本屋を出ると隣のタバコ屋のシャッターが勢いよく降りて彼は少し驚いた。
あんなにいた猫の姿も見えなくなっていた。


翌日の土曜日の昼下がりに本屋に出かけた。そこには固く閉ざされた錆びたシャッターが降りたまだった。
隣のタバコ屋も同じで錆びたシャッターは何年も降りたままのようだった。(了)

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