春風や居間にやってきた映画館
WBCが終わって、ネットでは「ネトフリ解約」がトレンドに上がった。
その文字列を見た瞬間、私はなぜか昔のレンタルビデオ店を思い出した。
まだ夫婦で店に足を運んでいた頃、棚の間をゆっくり歩きながら、
「今日は何を見る?」と相談する時間が、映画そのものより楽しかった気がする。
私は北野武監督の作品に手が伸びる。
あの静けさと暴力の間に漂う詩のような空気が好きだった。
だが、妻は決まって眉をひそめる。
「また血が出るやつやろ。私はちょっと…」
その小さなやり取りが、夫婦の時間だった。
気がつけば、映画は居間に座ったまま選ぶ時代になった。
Netflixやプライムビデオの画面を開けば、
新作も名作も、昔なら棚の奥に眠っていたような作品まで、指先ひとつで呼び出せる。
けれど、あの“探す時間”の手触りは、もうどこにもない。
それでも、夜の静けさの中で映画を選んでいると、
ふと、あの店の匂いや、妻のため息まじりの笑い声がよみがえる。
技術は進んでも、思い出の中の映画館は、いつまでもあの棚の前にある。