(元)敬老警備員の詩

警備員俳句や警備員短歌をタイトルにした警備に関する雑詠です。

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正月三が日は警備員の顔

A競艇場の警備員はほとんど団塊世代の方々でした。
ガッツもそうです。
W競艇もK競輪もだいたい同じような年齢構成でした。
終身雇用制でリストラもなく定年まで会社にいられた世代です。
そして最大の特徴は権威や地位のある人の意見は聞きますが自分より若い世代の意見には耳を貸しません。
ガッツに限らず彼らは前班長のモアイなどの言うことは何の疑いも持たずにしたがっていました。
ガッツは自分の後輩である班長のDEさんの言うことにことごとく反対していました。


正月三が日の駐車場警備は公営競技場勤務者には本当に楽な配置でした。
本体駐車場が満車になりますと臨時駐車場に案内します。
臨時駐車場の入口で歩行者の安全誘導と入庫数の計数が主業務でした。
私は何度も来ていましたので慣れていました。
というか最初からそんなことは簡単にできていました。
ところが団塊世代の後輩の人たちは「数がわからん」と嘆きました。
「メモ紙に正の字を書いたらどうですか」と勧めました。
「紙と鉛筆がない」と言います。
仕方ないので私のメモ帳とボールペンを貸しました。
(つづく)



警備員になりきって三が日(2)

正月三が日はショッピングモールYH店の駐車場警備でした。
公営競技場勤務の警備員は他部署への応援にはおおむね不熱心でした。
特に私が所属するA競艇場の警備員は仕事をしないと評判でした。


駐車場警備のある専任者は、
「Aボートの人は全く使えない。指示しても動かない。立っているだけ」
と嘆いています。
私は誰のことか見当がつきました。
タレントのガッツ石松に似た人で私たちはガッツと陰で呼んでいました。
そのガッツは、
「駐車場警備に行ったら何もするな。事故があったら責任問題だから」
と我々後輩に吹聴しています。
ガッツに限らずに前班長のモアイたちも、
「競艇場勤務に支障をきたすのでなるべく外に出るな」
と言っていたようです。
(つづく)

警備員になりきって三が日

警備員になって初めて迎えた正月は三が日とも出勤しました。
出勤したくなければ休みの届けを出せば受理されます。
いわゆる「シフト自由」の職場ですが「ある程度シフト自由」の感じです。
隊員の出勤日は70数人の隊員の休みを考慮され隊長が決めます。


私の場合は月の勤務日は15日以内という希望を出していました。
ダブルワークで本業の仕事が月に数日入っていました。
「隠れダブルワーカー」です。
その他にも電子メールで見積依頼や問合せなどが入ります。
出勤前に回答書を作ることもありました。
メールや電話での問い合わせなどは現在でも同じく続いています。
ただ当時は不況で仕事量は最低レベルでした。


元日の勤務地はショッピングモール駐車場でした。
ここには3が日とも出勤しました。
(つづく)